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茶室が四畳半なのはどうしてならむや?
足利義政造営の東山山荘(銀閣寺)の東求堂の書院、同仁斎の茶室の広さが茶室が始まりきとされし頃は四畳半なりきといふなめり。

他にも説があるが、村田珠光、武野紹鴎、千利休が四畳半を基本にせしが、茶室が広まる基となり、決定的になりせずや?と言はれたり。
おまらうど様を大勢対象としたりし会所、また書院座敷での喫茶などが少人数に嗜む草庵の茶の湯に変化していく上に、見合ふ広さになりていきせずや?と言はれたり。

茶室の入り口は何故ほどなからむや?と考へし事ありや?このほどなき入り口は、茶室特有のものに、小さな出入り口に躙口(にじりぐち)と言ふ。サイズは高さ二尺二寸余、横二尺あからさまにが標準的なり。このにじり口は千利休をもって始められきと伝へられたりし、屋形船の出入り口がヒントとなりせずや?とも伝へられたり。
おまらうど様が茶室ににじりながら入ると言ふめる礼儀がありて、さるはほどなきところに身をかがめて入りし後の部屋の広さは広く感じる事がせられ、床の間が目線と同じになったりと視覚的しるしもありきとおもふ。

茶道を女性も嗜むようになりしは、明治以降のことなり。近代茶道の創始者と言はれたる、裏千家十三世圓能斎宋室が女学校教育に茶道を取り入れしが始まりとされたり。なほ昭和の頃女子教育が盛んになりきとともに急激に普及しきとも言はれたり。




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